今日の予定は 8～9キロで、１１番札所にお参りすることになっている。
　ということは、9時に出発しても十分ということだ。
　掃除婦たちが、すでに働き始めていた。
　天気は、昨日とは打って変わって、晴れやかだったが、太陽が出ているにもかかわらず、とても寒い。

　少し行ったところで、小さなお店に入って今日の宿のおかみさんへのお土産を買った。
　去年泊まった時、とても親切にしてくれたのだ。
　私たちは、コーヒーを飲みませんかと誘われた。
　そのよろづ屋の片隅には、小さなストーブがたかれていて、何人かの人がその周りの木箱に腰かけていた。
　コーヒーと、ストーブで焼きあがったばかりのサツマイモを勧めてくれた。
　にぎやかな会話が始まった。
　この人たちは、大変オランダに関心を持っていた。
　あとで食べようと思って、お菓子を買おうとすると、払わせてくれない。
　「お接待！」
　お遍路への贈り物だ。
　別れるときには、みんなが手を振ってくれた。

吉野川中洲の農地

　吉野川の中州を歩いていくと、田んぼや、畑、時には竹藪の間を通り抜けていく。
　人々は畑に出て働いている。

吉野川に架かる潜水橋・川島橋

　川の低いところに架かる狭い一車線の橋 （訳者注：吉野川に架かる、欄干のない潜水橋せんすいきょう）を 車と譲り合って渡りながら、吉野川の河床を横切って行った。
　初めて、鶯の鳴き声を聞き、ヒバリや、シラサギ、カワウ、いろんな種類のカモ類が見られた。

　最後の河床を渡りきったところで、再び家並みの間を通り抜けていく。
　雪がチラチラと舞い始めた。
（雪ですって？シュロの木が生えている亜熱帯の島で？！）

車でやってきたおばあさん

　空を見上げていると、小さな車が通りかかった。
　先程のよろづ屋を出てからすでに１時間かそこら経っていたのだが、 72歳になる経営者のおばあさんが車から降りてきた。
　写真を撮りたいのだと言う。
　向こうの方から小さな白い犬を抱えた男性がカメラを片手にやってきた。
　たくさんの車が行きかうところで、何枚もの写真が撮られた。
　そのおばあさんは、川岸の満開の桜の写真を見せて、私たちに、ここのサクラがどんなにきれいかと教えてくれた。
　それから、大きな袋に入れたミカンをくれた。
　Melsは、その余分な重量に押しつぶされそうになった。
　おばあさんは、別れ際に
「また今度、私のところに寄ってね」
と言った。
　彼女が大きな音を立てながら車の向きを変えたとき、手を振って見送った。

　去年と同じ場所で、コーヒーを飲むことにした。
　カウンターには、同じ人物がコーヒーをすすりながら座っていた。
　きれいに手入れされた小さくてかわいい犬。
　オーナーは私たちのことを覚えていて、去年の名刺を出してきて、
「Boommelsボオムメルス ！」
と言った。
　そこで少しの間過ごしたが、彼は、私たちが陶磁器に関心を持っていることを知っていたので、 特別に選んだカップにコーヒーを入れてくれた。
　さよならを言うとき、缶入りの緑茶を２本くれたが、あとで、自販機の中に放り込んでおいた。
　私たちは、これが、なかなか好きになれないのだ。

　12時半には、旅館吉野に着いた。
　宿の奥さんは、すぐに私たちのことを思い出してくれた。
　息子は、腰の悪いママさんの代わりに蒲団を余分に持ってきてくれた。
　私たちは、入り口の間とタンス、トイレのついた6畳間にリュックを置いて、お寿司屋さんに出かけた。
　去年も、このお寿司屋でお昼ご飯を食べたのだが、私が相当疲れていたので、奥さんが車で送ってくれたのだった。
　今日は、2台の自転車を借りて行ったが、すぐに寿司屋に着いた。
　寿司屋の人たちも、私たちのことを覚えていてくれた。
　寿司の宴会が終わって、買い物をしたが、宿の奥さんに、”オランダ”のチューリップを買っていった。
　そのあと、１１番札所（藤井寺）に行ったが、去年と同じように、 明日登る（遍路ころがしと呼ばれている）遍路道の入り口を確認しておいた。
（訳註：遍路道で、急な坂道が続くところは「遍路ころがし」と呼ばれているが、 原文には"pilgrim's hell"（巡礼者の地獄）と書かれている）
　お参りをすませてから、私たちは日光にあたりながら、小さなベンチに腰掛けて、 明日”地獄”に入っていく前のゆったりした時間を過ごした。

　部屋に戻ると、二枚重ねの蒲団に座って、私は日記を書き、Melsは、 ため息をつきながら、私の日記を英語に翻訳した。
　部屋の窓からは樹木に覆われた山のスロープ（明日超える三つの尾根の一つ）が見えていた。