昨夜の女性は教えてくれなかったので、朝のお勤めには出られなかった。
　Melsは、シャワーを使うために、朝早くに温水器のスイッチを入れた。
（厳密に禁止されているのだ！日本では、朝のシャワーは許されていない！）
　廊下にはカメラが設置されていたことに後で気づいた・・・。
　出発する前に私たちの足跡を隠すためにすべてのものを、最初あった位置に戻しておいた。

観自在寺大師堂の五鈷杵

　本堂で参拝していると、昨年宿の予約をするときに手伝ってくれた素敵な女性に、また出会った。
　彼女も、私たちのことに気づいてくれた。
　なつかしい出会いだった。
「ジャ、マタライネン」
　山門のすぐ前には、乞食こつじきをしているお遍路がいた。
　2-3キロ行ったところにあったレストランで朝食にした。
　コーヒーは飲み放題で、二人分の朝食が9ユーロだった。普通、コーヒー一杯が4-5ユーロだのに、不思議な値段だった。
（訳註：彼らは、この頃はまだ「モーニングサービス」のことを知らなかったのだろう）

　朝食をすませてから、遍路道に戻った。
　今日は、山道の方を通れば27キロになる。
　昨年歩いた国道56号線は、距離は少し長いのだが、ずっと歩きやすい。
　どちらにするかは、もう少し後で決めることにした。
　国道56号線には、ずっと歩道が整備されていたし、交通量もそれほど多くはない。
　足と体はまだ疲れていたので、歩く早さは、昨日よりもずっと遅かった。
　それに、歩き始めからとても暑かった。
　それでも、Melsが、道路標識から計算したところでは、時速5キロほどになっていた。
　道路は、山の間をアップダウンしながら続いている。
　道端に小屋があって、イノシシの皮が干してあった。 　何枚かは、短い丸太に巻き付けられていて、剥製にした動物のように見える。
　イノシシのひと家族全部だ。

　ときどき、海がチラッと見えた。
　10時30分には国道56号線はずっと海に沿うようになり、道は山のそばをアップダウンして行く。
　海水は淡青色で、海面はアイロンをかけたようだった。
　遠くには、本州の南にある九州が霞かすんで見える。
　近くには、小さな島がたくさんある。
　漁船が海岸線に沿って動いていて、岸辺の近くの広い海面は、真珠やタイの養殖に使用されている。

　11時には、昨年と同じ食堂に入った。
　控えめで愛想のいいご夫婦は、私たちのことを覚えていてくれた。
　小さな袋に入った海の塩を、また、ひとつずつくれた。

　山道を行くのはやめにした。今日は暑すぎる！
　国道56号線に沿って行くと、海からの風が吹いている。
　食堂と自販機があったので、水を補給しておいた。

内海の歩行者用トンネル

　車が通るトンネル（訳註：内海トンネル）の横には、 自転車や歩行者用の900mのトンネルがある。
　白くてほとんど終わりのないチューブは、 Pim van Lommelピム・ファン・ロンメル の本 に書かれていた「臨死体験」を思い起こさせた。
（ Pim van Lommel は、オランダの心臓外科医で、 2007年に出版した「Endless Consciousnes」という本の著者として知られている）

　遠くに、トンネルの向こうの端に人影が現れた。
　神様だろうか？
　そうはなくて、二人の子供が自転車に乗ってやってきた。
「こんにちは」
と言って、自転車が通り過ぎた。
　それから、うしろの方で、破裂音がした。
　男の子たちが何かを爆発させたのかと思って、驚いて後ろを振り返ると、 その子たちも驚いて、自転車から飛び降りていた。
　どちらかの自転車のタイヤがパンクしたようだ。

津島町柿之浦

　素晴らしい公園（池には小さな亀がたくさんいた）の向かいにあるレストランで、 とても素敵な食事をした後、国道に並行した狭い道を通り、真珠を養殖している村を抜けて行った。

御詠歌遍路の女性と 津島町針木付近で

　国道56号線に沿った別の村を通っているとき－すでに愛南から20キロほど来ていた－道端にいる女性を見つけた。
　彼女は飛び跳ねながら両手を振っていた。
　私とMelsはお互いに顔を見合わせた、
「私たちに手を振っているのじゃないよね」
とMelsは、真顔で言った。
「我々のうしろの方を見ているんだ」
しかし、誰もうしろにはいない。
　近づいてきたので、その人が誰なのかわかった。
　御詠歌遍路だ！！！

　何か誤解があったようで、彼女は、私たちが４０番札所に着くのは、二日あとだと思っていたらしい。
　たまたま自分の車で通りがかった時、私たちを見つけたのだ。
　彼女は、すまなさそうに、飛び跳ねながらMelsの肩をたたいた。
　私も、残念だったわ、と仲間入りして，彼女の肩をたたいた。
　彼女は英語を10語以上話せなかったし、私の日本語も同じようなものだったから。

　近くには、レストランのベンチもなかったが、彼女は本当に私たちのために何かしたいようだった。
　それで、私たちに、何かいいものを買ってと言って、千円札を一枚ずつと、 ミカンが３個入った袋をくれた。
　車を止めていた彼女の旦那さんのところまで行って、 明日の夕方一緒に食事をしませんか、と誘った。
と言うのは、次の日の宿では夕食が出ないことになっていたから、ちょうどいいと思った。
　しかし、彼らは、明日は無理なようだった。
「じゃ、また来年」
という言葉だけが私たちに残された。
　写真を何枚も何枚も撮って、お互いの肩を撫なであった。
　彼女たちは、長い間、サヨナラの手を振ってくれた。

　ミカン屋さんで、大きなミカンを4個いただいた。
　全部Melsのトランク：リュックの下の部分：に入って行った。
　彼は、これまでに頂いたお接待のために、押し潰されそうになっていた。
　公園があったので、カモやコイがいる池の縁に腰かけて、そのミカンを食べたが、あまり美味しくはなかった。
　カモたちもそのミカンが好きではなさそうなので、道端にあるお地蔵さんに、全部お供えした。

　私たちは（特に私が）、とても疲れていたが、まだ着きそうになかった。
　私たちは、何度か、純白のサクラ並木のある、牧歌的な川のほとりの狭い道を辿って行った。
　きれいだ！
　川の上には何十羽ものトンビが輪を描いていた。

　やっとのことで、今日泊まる旅館があるはずの大きな川 （訳註：岩松川）のほとりに出た。
　銀白の体と赤茶色の頭に白い斑点のあるカモが、ゆっくり流れる川面に浮かんでいる。
　丁度6寺前に、宇和島の郊外である津島の旅館よしのやに到着した。
　部屋は（小さい）12畳だった。

　今日の泊り客は私たちだけだったので、少し英語が話せるご主人が、私たちの夕食にお相伴してくれた。
　彼は、私たちが泊ったことを喜んでいて、私たちはおしゃべりを楽しんだ。
「来年もまた来てください」
と彼は言った。

　食堂は、居心地よく飾り付けられていた。
　以前は、居酒屋だったのだが、床を高くしてナイロンの畳を敷くように改造されていた。
　前はどんなだったか想像するのは難しい。
　壁に沿って置かれた長椅子は、床が上げられたために10センチほど高くなっていて、部屋にフィットしていた。
　彼は、彼が言うところの、昔の「お茶の間」音楽を残していて、 この夕方中ずっとビートルズをかけてくれたのでうれしかった。
　彼は、天気予報をプリントしてくれて、彼の納経帳を見せてくれた。
　札所を車で回ったのだが、何ヶ所かは、19回も参拝したそうだ。
　納経帳のページは朱肉で真っ赤になっていた。

　ビールを一緒に飲み飲みながら、彼は、私のことを称賛してくれた。
「強い女性は好きです」
　結婚しているかどうか尋ねると、
「いや、しかしあなたがここに居てくれるなら、歓迎しますよ」
　Melsは同意しなかった。

　長い間おしゃべりして、最後に、彼の音楽室を見せてくれた。
　彼は、クラシックギターやエレキギターを弾いて（歌も歌う！！）いるが、 いまのところバンドはやっていない。
　しかし彼は、私たちのために Eric Claptonエリック・クラプトン のブルースを少しだけ演奏してくれた。