紀州弁考（１５）

　紀州人とユダヤ人

　２１世紀の紀州弁　

和歌山県章（右）と
イスラエル国旗に使われている
ダビデの星(左)

　先日、自治省から和歌山県庁に出向されている矢真下さんとお話しする機会がありました。
　矢真下さんは、この連載を読んで下さっていて、『紀州弁』が話題になりましたが、
「和歌山の言葉に関しては、もう諦あきらめている」
とおっしゃっていました。

　他府県から和歌山に来られた方が、和歌山の言葉を最初に聞いた時、敬語をほとんど使わず、上司や目上の人に対しても改まった言葉を使おうとしないのに非常に驚かされます。
　また、このシリーズの主題であった「ザ行・ダ行が混同した言葉」を毎日のように聞かされ、回ってくる書類の中にも「ザ行」と「ダ行」を取り違えて入力された言葉をしばしば見ることになります。
　最初のうちは、「ずいぶん変わった言葉遣いをするところだ」と思いますが、そのうち、「ザ行・ダ行の混同」によって間違いの生じた文書が、訂正もされずに決裁を経て回ってくるのを何度も経験するうちに、「これではどうしようもない」と諦めてしまうようです。

　和歌山県の人たち自身が、
「和歌山の言葉はザ行・ダ行（ラ行）が混ざっているが、昔からこんなもので、直しようがないんだ」
と考え、諦めてしまっているようなところもあります。
　しかし、諦めていてはいつまでたっても改善されることはないのです。

　情報化社会と言われる現在、ワープロによる文書作成のみでなく、インターネットや電子メールによる情報が毎日のように行き交っています。
　このような状況下で「ザ行・ダ行」の入力ミスによる間違った言葉が粉れ込むと、正確な情報伝達に支障をきたすことになります。
　ですから、ここは何とかして「ザ行・ダ行の訛り」を解消するための方策をとらねばなりません。
　これには、前回示した『訛音矯正提要』を現在の言葉に直し、各学年に合わせたテキストを作って、少なくとも小学校ではこれを使った授業を行うことを勧めたいと思います。

　ここで話は飛びますが、読者の皆さんは今年で建国５０周年を迎えたイスラエルではどういう言葉を使っているかご存じでしょうか？　
　ローマ帝国に滅ぼされて以来、二千年以上にわたって自分たちの国をなくしていたユダヤ人の多くは、ロシア（ソ連）、ポーランド、ドイツなどヨーロッパ各国やアメリカ合衆国などに分散して住んでいました。
　したがって、ユダヤ人は自分の国の言葉というものがなく、それぞれが住んでいる国の言葉を使わざるを得ない状況に置かれていたのです。（註）
　彼らの間では１９世紀の末頃から、自分たちの国家を建設しようというシオニズム運動が起こってきました。
　第二次世界大戦後、米・英・仏など戦勝国との困難な交渉の末、１９４８年に自分たちの国イスラエル建国した時、彼らは迷わずヘブライ語をイスラエル国の国語として採用したのです。
　古代のユダヤ王国で話され、旧約聖書を記述するのにも使われていたヘブライ語は、日常の話し言葉としては二千年以上も使われていなかったのですが、ユダヤ人たちはこの言葉を復活させることにしたのです。

　それまで世界各地に離散し、さまざまな言葉を使っていた人たちが、話したことも聞いたこともなかった全く新しい言葉を公用語として使うことにしたわけです。
　そして、新しく建国されたイスラエルに世界各地から帰還して来るユダヤ人たちに、国立の教習所でヘブライ語を教えています。
　現在のイスラエルでは、全人口５８０万人のうち８２パーセントがユダヤ人ですが、ごく最近ロシアなどから移住してきた人を除いたほとんどの人が、建国５０年を迎えた今、ヘブライ語を話せるようになっています。
　これに比べれば「ザ行・ダ行の混同」を直すことくらい、大したことではないでしょう。西口知事は『新時代２１世紀の故郷くにづくり』を提唱していますから、和歌山県でも、教育委員会が方向づけをして、今から小中学生に対して、そのための教育に本格的に取り組むことにしてはいかがでしょう？
　この試みが成功すれば、日本国内で「ザ行・ダ行の訛り」が存在している他府県の模範となりますし、「日本における国語学の奇跡」となることは疑いありません。
　またこの結果、２１世紀の中頃にはすべての紀州人が「ザ行・ダ行」の発音・聞き取りに苦労することもなくなり、ワープロの入力も問題なく正確に出来るようになっているものと確信します。
　

（註）
　東ヨーロッパに住んでいたユダヤ人の多くは、ドイツ語にスラブ語やヘブライ語が混ざって出来たイディッシュ語を使っていました。
　この言葉は、まわりの人たちからは、くずれたドイツ語と見なされていましたが、ユダヤ人は自分たちのアイデンティティーを守るため、敢えて正しいドイツ語を使おうとはせず、この言葉を記述するにもアルファベットではなく、ヘブライ文字を使っていました。

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